父から受け継いだ「人を大切にする」という教え。愛知のインフラを陰で支える若き経営者が紡ぐ、飾らない仕事の体温と等身大の生き方。
目次
良原 丞亮氏
株式会社𠮷原組
代表取締役
(よしはら りょうすけ)/現在26歳。名古屋商科大学経営学部を卒業後、他社での修行を経て吉原組へ。2025年7月、父親が同社を創業したのと同じ「25歳」という節目で代表に就任。直後に先代である父が他界し、若くして会社を背負うことに。産業廃棄物の収集運搬という過酷な現場の最前線に立ちながら、13名の従業員の生活と安全を守る。無理な事業拡大よりも、社員が気持ちよく働ける堅実な経営を目指し、日々奮闘する若きリーダー。
愛知県内で産業廃棄物の収集運搬を手がける株式会社𠮷原組。汚れた泥や油、砂利などを特殊車両で吸い上げ、搬送するその現場は、決して華やかな世界ではありません。しかし、地域社会のインフラを陰で愚直に支え続けるこの現場で、弱冠26歳にして会社を率いる代表取締役・良原丞亮社長(以下、良原)の言葉には、世間の飾られた成功体験とは一線を画す「リアルな仕事の体温」が宿っています。創業者の父親と同じ25歳という若さで代表のバトンを受け取り、その直後に最大の相談相手でもあった父親を亡くした彼が、年上のベテラン社員たちと共に日々の現場に向き合いながら紡ぎ出す、「働くこと」への素直な覚悟と等身大の葛藤のストーリーをお届けします。
父と同じ25歳で継いだバトン。「僕がやらなかったら、この会社は閉じていた」
――今26歳ということですけれど、このツムログの取材の中でもかなりの最年少になりますよね。周りの経営者の方々を見渡しても、もっと上の世代の方が多いんじゃないですか?
良原:そうなんですよね。たぶんこのツムログのサイトの中でもダントツで最年少になるはずで、僕がお会いする経営者の方々も今はまだ40代や50代の社長さんばかりなんですよ。どうしても経営者同士の繋がりって紹介でどんどん先輩社長をご紹介いただく形になるので、スタートが40代や50代の方だったぶん、まだ同世代の若い社長には行きついていないのが今の正直なところなんです。うちの株式会社𠮷原組という会社自体は今期で34期目に入るので来年には35周年を迎える歴史がある会社なんですけれど、僕自身は大学を卒業した2022年に入社して、今ちょうど26歳になったところなんですよね。
――大学を卒業してすぐに入社されたわけですが、それ以前から自社を手伝うような感覚はあったのでしょうか。
良原:大学卒業後にすぐ自社に入ったわけではなくて、同業者さんの会社へ修行という形で1年半ほどお邪魔させていただいていた時期があったんですよ。ただ期間としてはそこまで長くはなくて、修行先の休みの日にはこっちの𠮷原組に戻ってきて手伝っていたので、大学を卒業してからはほとんど休みなしで二足の草鞋を履いてやっていましたね。もともと学生時代から『物心ついたときから自分はこういう道に行くのかな』という感覚がどこかにあったんですよ。僕は男ばかりの3兄弟の長男なんですけれど、下の2人はそれぞれこの業界とは関係のない別の世界でやりたい夢があるって言っていたんですよね。それなら『じゃあ僕がこの会社をやろうかな』という気持ちが、中学校や高校くらいの頃からごく自然と固まっていった感じなんです。
――親御さんから「会社を継ぎなさい」といった強い圧力があったわけではないんですね。
良原:いや、親からは『自分のやりたいことがあるなら自由にやっていいよ』ってずっと言われていて、本当にやりたい道を選択させてくれる環境ではあったんですよ。でも、これは僕の考えなんですけれど、もし僕がここで継がなかったらこの会社はそこで閉じていたんじゃないかなって思っていたんですよね。大学は名古屋商科大学の経営学部に通っていて、経営学を学んでいたんですが、だからといって実際の現場や経営にそのまま使えるかと言われたら話は別なんですけれど、大学生活自体はすごく真面目に通っていました。1年生のときには学年で主席をとったりもして、3年生の時点で卒業に必要な単位はほとんど取り終えていたので、4年生のときは時間が余ってアルバイト感覚でこっちの会社に戻って現場を手伝ったりしていましたね。
1年のときは主席だった大学時代と、泥や油を吸い上げる現場の日常
――就職活動などは周りと同じように経験されたのですか?
良原:当時はパーソナルジムのトレーナーのアルバイトをメインでやっていて、そっちの仕事もすごく面白そうだなとは感じていたんですよね。でも、せっかく自分の家に会社があるんだからこっちをやろうと心の中で決めていたので、いわゆる一般的な就職活動自体は全くやっていないんです。周りの同級生たちが『就活が忙しい』って焦っている中で、うちの大学が経営学部だったこともあって、クラスの半分くらいは実家が会社をやっているような子たちだったんですよね。だから周りを見渡しても就活をしているやつの方が少なかったくらいで、そういう環境に囲まれていたことも自然と後を継ぐ流れを作ってくれたのかなと思います。
――25歳で代表に就任されたのは、かなり早い決断だったかと思います。そこにはどのようなきっかけがあったのでしょうか。
良原:実は僕の父親が今年の4月に亡くなっているんですけれど、去年の7月、僕が25歳のときに代表権を譲り受けて交代していたんですよね。なぜそのタイミングだったかというと、父親がこの𠮷原組を立ち上げたのがちょうど26歳になる手前の頃だったらしくて、『お前ももう俺が会社を創った年齢に近づいたんだから、代表という立場になってやってごらん』と言われたのがきっかけだったんです。父親からのその提案を聞いたときは、周囲から見ても僕自身から見ても『いくらなんでも25歳で代表になるのは圧倒的に早すぎるんじゃないか』と驚きがありましたし、戸惑いがなかったと言ったら嘘になりますね。
――ご自身の中で戸惑いがありながらも、その若い年齢での代表就任を引き受けられたのはなぜだったのですか?
良原:正直なところ、当時の僕には『分かりました』と言って引き受ける選択肢しか見当たらなかったというのが本音のところなんですよ。でも、結果として生前に代表を交代しておいてくれたことで、父親が元気なうちに僕を社長の立場に立たせて経験を積ませてくれようとしたんだなと、今になって父親の深い親心を感じています。当時は急な展開にびっくりもしましたけれど、自分がやるしかないという気持ちで覚悟を決めて代表に就任した感じですね。
3時に終われば「もう帰っていいよ」。泥臭さと背中合わせの、嘘のない働き方
――現在の事業内容について教えていただけますか。
良原:うちの主な事業というのは、工事現場や工場などで発生する産業廃棄物を収集して運搬することでお金をいただく仕事になります。現場に溜まった泥だったり汚れた砂利、油などを特殊な作業車両を使って吸い上げて持って行くのがメインの仕事なので、綺麗なオフィスでパソコンに向かっているようなスマートな働き方とは全く違う、本当に汗と泥にまみれるしんどい系の現場仕事なんんですよね。社員は僕を含めて現在13名ほどいるんですけれど、一番若い社員でも35歳で、僕以外は全員が年上のベテラン社員という構成になっています。取引先様としては深いお付き合いのある会社様が50〜60社ほどあって、中でも会社設立初期から30年以上付き合ってくださっている一番の得意先様が、売上の3〜4割近くを支えてくださっているような形で成り立っています。
――自分よりも年上のベテラン社員の方ばかりの中で、やりづらさを感じることはありませんか?
良原:最初は僕も『年上のベテランばかりの中でうまくやっていけるのかな』って少し不安に思った瞬間もありましたけれど、実際に社長になってみたらそこに関するやりづらさは全く感じていないんですよね。というのも、うちの会社は昔から他の会社さんよりも組織としての統合や役割分担がすごくしっかりしている感覚があるからなんです。年功序列でベテランだから上に立っているというわけではなくて、たとえば35歳の若い社員も幹部としてしっかり権限を持って動いてくれていますし、50代のベテラン社員もその幹部の指示に従ってチームで動くという体制が自然とできあがっているんですよ。だから僕が若いからと言って現場で浮いてしまうこともないですし、社内のコミュニケーションも変な摩擦がなくすごくスムーズに取れていると感じますね。
――朝が早いなど現場仕事ならではの厳しさがある一方で、働きやすさの面で意識されていることはありますか?
良原:朝の勤務開始時間は公式には7時からになっているんですけれど、現場の集合時間が朝の8時や9時になるので、現場が豊橋や刈谷といった遠方になると朝の6時前には移動を始めなきゃいけなくて、そこはどうしても朝が早くなってしまう業界的な厳しさがあります。最初は僕自身も『なんでこんなに早く起きなきゃいけないんだろう』って思ったりもしましたけれど、毎日続けて習慣にしてしまえば身体が勝手に慣れていくものなんですよね。その一方で、うちの会社は現場の作業が順調に終われば『3時に作業が終わったからもう帰っていいよ』というルールにしていて、年間を通してみても15時より早く帰れる日がかなり多いのが特徴なんです。だから一度うちの会社に入った社員はすごく働きやすいと言ってくれて、すぐに辞めていく人がほとんどいないのが自慢できるところですね。
一番の師匠だった親父がいなくなって。「正解」がない中で悩み続ける26歳のリアル
――社長という立場になられてから、日々どのようなプレッシャーと向き合っていらっしゃいますか?
良原:立場が変わることで見る角度や視点がガラッと変わったのを感じていて、現場の視点だけでなく、僕は経営者として会社全体の数字や安全面も含めた経営の視点を持たなければいけないので、そこの長尻をうまく合わせる難しさを痛感しています。特に真夏の現場仕事は本当に過酷で、毎日のようにニュースで熱中症の事故が報じられていますけれど、社員の水分補給やこまめな休憩をどう確保するかという体調管理の面にはすごく神経を使っていますね。事故や熱中症を出さないために毎日ずっと頭を回転させ続けなければいけないですし、現場だけに集中していた頃とは違って、『経営者ってこんなにも常に頭を回し続けなきゃいけないんだ』という重圧や考え事は絶対に消えないものだなと感じています。
――一番の相談相手であったお父様を亡くされた今、経営の判断で迷ったときはどうされているのでしょうか。
良原:実は今、一番の課題であり悩みでもあるのが『相談できるメンターや師匠がいない』ということなんですよ。僕にとって経営のいろはや考え方を教えてくれる唯一のメンターが父親だったので、その父親がいなくなってしまった今は、経営で迷ったときに直接相談できる人が社内外に一人もいない状態なんですよね。世の中の経営者さんが参加するような異業種交流会や社長会みたいな場所にも僕は一切入っていませんし、そこに入ろうとも思わないので、すべて自分の力で考え抜いて判断していくしかないという孤独感は常にあります。それでも、父親が昔から何よりも大切にしてきた『人を大切にする』という理念だけは自分の中でしっかりと噛み締めながら、従業員13人とその家族を守るために前を向いて歩んでいこうと思っています。
無理に会社を大きくしなくていい。13人の仲間と、気持ちよく利益を出す未来へ
――将来的な会社の成長や売上の目標について、良原社長はどのような未来を描いていらっしゃいますか?
良原:僕自身、会社を無闇に巨大化させて売上を何十億も目指したいという気持ちは全くなくて、売上を伸ばすことだけが会社経営の正解だとは全然思っていないんですよね。今の𠮷原組は売上が2.5億円くらいでここ10年ほど安定して推移しているんですけれど、最終的なゴールとしても5億円くらいまで行けたら十分だと思っていて、無理な事業拡大に走るよりも、1億や2億の利益を着実に出しながら社員みんなが気持ちよく働いて会社が回っていく形が一番理想的だなと考えています。そのためには現場を守ってくれる新しい若い人材の採用や、これまで作っていなかった会社のホームページを整えて認知度を高めることが急務になってきますけれど、無理をして会社のサイズを壊すのではなく、社員一人ひとりが幸せを感じられる身の丈に合った心地よい規模感を愚直に守り抜いていきたいですね。

取材の最中、良原社長の口から出てくる言葉には不思議な嘘のなさと親しみやすさがありました。弱冠26歳、それも代表就任直後に最大の相談相手であったお父様を亡くすという壮絶な境遇にありながら、彼は自分を大きく見せようとも強がろうともしません。「15時に帰れる日もありますよ」と気さくに笑う姿の裏で、猛暑の現場で働く社員の体調や事故のリスクに毎日頭を悩ませる。そのギャップに、経営者としての強い覚悟と血の通った温もりを感じました。
「会社を無理に大きくしなくていい。社員が気持ちよく働ければそれでいい」と言い切る彼の姿は、「もっと成長しなければ」「このままでいいのだろうか」と焦りや不安を抱える同世代の読者にとって、自分の働く意味や身の丈にあった幸せをそっと見つめ直すキッカケになるはずです。泥と油にまみれながら、今日も自分の足で一歩ずつ現場を踏みしめる26歳の若いリーダーの背中に、確かな励ましをもらった取材となりました。
この記事を書いた人
宗宮彰良
ツムログ副編集長。2012年に新卒でアクセスに入社し中小企業の社長のお悩みを500社以上サポート。採用の枠を超えたお悩み解決をモットーに月間50件の商談をさせていただいています。想いが強ければ採用はうまくいく。一緒に想いをかなえましょう。
営業
このライターの記事をもっと見る →他の記事を読む
「稼げないと辞めちゃうでしょ」綺麗事じゃない優しさで物流の未来を拓く、不器用な大人の背中——株式会社スリーウイン
毎日同じように会社へ行き、目の前の仕事をこなす日々の中で、「このままでいいのかな」「働くってなんだっけ」とふと立ち止まってしまう夜はないでしょうか。今回お話を伺ったのは、愛知県を中心にラストワンマイルの軽貨物運送事業を展 […]
大企業のレールを捨て、睡眠3時間で工場を建て直した3代目の覚悟
愛知県一宮市。かつて「ガチャマン」と呼ばれ、繊維産業で全国にその名を知られたこの街で、60年以上にわたって金属の表面処理(めっき)技術を磨き続けてきた眞和興業株式会社。その3代目社長を務めるのが、眞野祥典さんです。 取材 […]
自身の失敗や予測不可能な挫折に深く落ち込みながらも、社員の生活や笑顔のために泥臭く歩みを止めない経営者の姿
社会人になって数年が経ち、日々の業務にはすっかり慣れたものの、「自分はこのままでいいのだろうか」と漠然とした不安を抱えながら夜を過ごすことはないでしょうか。 明確な目標や「絶対にこの仕事を成し遂げるんだ」という強い意志を […]