トップセールスの座を捨てて選んだ「体温のある組織」飲食業界の常識を覆す流儀  ――株式会社バルス

トップセールスの座を捨てて選んだ「体温のある組織」飲食業界の常識を覆す流儀 ――株式会社バルス

大里 竜也 氏

大里 竜也 氏

株式会社バルス

代表取締役

(おおさと たつや)/1988年大阪府生まれ。小学1年から大学まで野球に没頭。大学在学中「牛角」のアルバイトで接客の喜びに目覚め、学生店長として連続MVPを獲得。将来の飲食での独立を見据え、卒業後は大手住宅メーカーで3年間営業職としてトップセールスに。その後、株式会社エー・ピーカンパニー(塚田農場)を経て、2020年に株式会社バルスを設立。「大人の大衆酒場ミチシルベ【R25】」など、名古屋を中心に展開。

名古屋の中心地において独自性の高いコンセプトを掲げた飲食店を展開する株式会社バルス。コロナ禍という最大の逆風の中でも、出店を続けながら急成長を遂げてきました。代表取締役 大里竜也氏は、若くして独立を果たした華々しい経歴が注目を集める一方で、キャリアの根底には「数字至上主義の営業の世界で生々しく感じた違和感」と「目の前の人を本気で喜ばせたいという泥臭い愛情」があるといいます。 大学卒業後に飛び込んだ大手住宅メーカーでのトップセールス時代。急拡大する飲食チェーンで見失いかけた「体温」を取り戻すための独立の経緯。そして飲食業界の常識を覆す社内ルールの裏側に隠された想いまで、大里代表の流儀に迫りました。 

 

野球漬けの日々と、初めて「野球以外」で褒められた原体験

 

——ご両親が飲食店を営まれていたことで、幼少期からごく自然に飲食業に触れ合ってこられたと伺っていますが、原体験となるエピソードについてお聞かせいただけますでしょうか。 

 

大里代表(以下、大里):実家のラーメン屋で両親が夜遅くまで働いていたため、子どもの頃から当たり前のように店を手伝ったり、家族で過ごす時間は店でご飯を食べたりという環境で育ってきました。 小学校から野球漬けの毎日を送り、大学でも本気で監督を目指していましたが、大学3年生の時に初めてプロの壁という大きな挫折を味わい、すっぱりと野球を辞める決断をしました。 

 

——野球を辞めた後に始められた大手飲食店でのアルバイト経験が、ご自身のその後の人生を大きく変えるきっかけになったと伺っておりますが、どのような出会いがあったのでしょうか。

 

大里:大学4年生のとき、固定給をもらいながら毎日働き詰めの生活を送っていました。そんな中ですごく尊敬できる店長との出会いがあり、お客さまに喜んでもらえることが”心から嬉しい”と感じる感情を教えてもらったんですね。そこからさらに仕事に精を出し、毎月のアンケートでベテランスタッフを抜いて、連続1位の記録を更新し続けたときは本当に嬉しくて。野球以外で初めて褒められたような感覚があって、「将来は絶対に飲食業で独立しよう」と心に決めました。 当時配属された店舗はとても熱意にあふれていて、売り上げ記録を超えるために自主的に朝から駅前でチラシ配りをしたり、営業時間を伸ばすよう直談判したりするような熱いアルバイト時代を過ごしました。 

 

トップセールスを捨てた理由。「成績だけを追い求める働き方に感じた恐怖」

 

——飲食業での独立という目標を持ちながらも、大学卒業後はあえて畑の違う大手住宅メーカーの営業職へ就職された背景には、どのようなご自身の戦略やお考えがあったのでしょうか。

 

大里:最終的には飲食業で独立するつもりでした。だからこそ、「数千万円の借金を背負ってでも家を買いたい」と思ってもらえる営業力が身につけば、飲食のリピート客獲得なんて簡単だろうと考えたんです。選んだのは、一番ノルマが厳しくて成長できそうな住宅メーカーでした。配属されたのは、まったく土地勘のない山口県です。過去に来場された方への電話掛けや飛び込み営業を、がむしゃらにやり続けました。飲食時代に培ったコミュニケーション力も活きて、新卒の中ではトップクラスの成績を残せました。収入もかなりいただいていましたね。ただ、入社3年目の冬、ごまかしきれない違和感が生まれたんです。

 

——トップクラスの成績を残し、安定していた状況を手放すのは、大きな決断だったと思います。キャリアを動かした引き金について、詳しく聞かせてください。

 

大里:決定的だったのは、急ぐ必要のないお客さまに強引に契約を迫ってしまったことです。当時は「12月の営業ノルマがあと1棟足りない」という状況でした。そこで大晦日に、親戚で団欒中のお客さまの家に上がり込んで、ハンコをもらったんですね。会社に戻ると、社長は大拍手で褒めてくれました。でも、その瞬間、自分の行動がものすごく怖くなったんです。「このまま自分の成績や会社の数字だけを追い続けたら、相手の気持ちを想像できない冷たい人間になってしまうのではないか」と本気で思ったんです。「心を押し殺したまま続けるくらいなら、本当にやりたかった飲食をゼロから始めよう」と決めて、上司の度重なる引き留めを振り切り、会社を辞めました。

 

急成長チェーンで見失った「体温」と、自分が理想とする組織づくりへの決意 

 

——住宅メーカーを退職後、当時急成長していた大手居酒屋チェーンに入社し、名古屋エリアの立ち上げを任された経緯を聞かせてください。 

 

大里:入社して1ヶ月ほど経った頃、「名古屋のオープンメンバーが足りないから、3ヶ月だけ行ってくれないか」と頼まれたんです。軽い気持ちで引き受けたんですが、行ってみたら楽しくて。結果的に6年ほど働くことになりました。店長としては、ナンバーワンを競う表彰を総なめにしました。気づけばエリアを統括する部長になっていました。ただ、会社が全国規模に広がるにつれて、組織のあり方に違和感を覚えるようになったんです。

 

——エリアを統括する立場にありながら、急拡大の中で感じた違和感やジレンマが、独立の大きな後押しになったということでしょうか。 

 

大里:そうですね。一番の理由は、会社が大きくなりすぎて、縛りやルールばかりが増えていったことです。「もっとお客さまを喜ばせたいし、現場のスタッフも守りたい。」でも、それができなくなっていくジレンマがありました。象徴的だったのが、副社長のことです。お客様を本気で喜ばせるために、独自の仕掛けをしている方でした。その副社長が、「拡大フェーズやシステム化に合わない」という理由で、責任を取って辞めることになったんです。このとき、自分も一緒に辞めようと決めました。「体温のあるお店を、一から自分の手でつくりたい」と思ったんです。スタッフには申し訳ない気持ちもありましたが、退職を選びました。それに、みんなが目の前のお客さまではなく、組織の顔色を見ながら働いている姿を見て、「ここが自分の限界だな」と感じたんです。そこから1年以上かけて物件を探し、独立の準備を進めていきました。

 

コロナ禍の逆風下で掲げた「飲食業界の常識をひっくり返す」という圧倒的な覚悟 

 

——ようやく理想のお店をオープンできる、というタイミングでコロナ禍が直撃しました。株式会社バルスを立ち上げた当時の想いや背景を聞かせてください。 

 

大里:会社を立ち上げたのは、2020年の緊急事態宣言の真っ只中です。先が見えない時代だからこそ、夢や希望を語り合える居酒屋が必要だと思いました。「行政から怒られるまでは、お店を開け続けよう」そう腹を括って、営業を続けたんです。結果的に、怒られることはありませんでした。むしろお客さまから「開けてくれてありがとう」と、心から感謝されたんです。その経験もあって、社名は『バルス』にしました。「コロナという災厄を滅ぼし、平和な時代を取り戻したい」そんな想いを込めています。もうひとつ、『25歳以下入店禁止』という年齢制限も設けました。若い人が騒ぐ場所ではなく、落ち着いた大人がカジュアルに楽しめる大衆酒場にしたかったからです。これが大ヒットしました。今では、25歳の誕生日をうちで祝うことが、ひとつのステータスになっています。

 

——社内恋愛の禁止や全社員の禁煙など、独自の社内ルールは一見かなり厳格です。その裏には、飲食業界を本気で変えたいという強い覚悟があるのではないでしょうか。

 

大里:確かに、社内恋愛は固く禁止ですし、全社員禁煙という厳しいルールも敷いています。でも、すべては「飲食業界をバルスする」というミッションのため。「飲食業の低い地位を引き上げ、従業員が誇れる会社をつくりたい」その覚悟の表れなんです。給与水準も高く設定していて、アルバイトにも社員の給料を公開しています。これも飲食という仕事の価値を根底から高めるための挑戦。もちろん、まだまだ発展途上です。次は東京へ進出しようと、物件を探しながらもがいている最中です。綺麗事に聞こえるかもしれませんが、それでも「怒られるまでやろう」というベンチャー精神は忘れません。目の前のお客さまと従業員を本気で幸せにする、体温のある組織づくり。これからも現場で、泥臭く挑戦を続けていくつもりです。

 

大里代表のこれまでの歩みは、綺麗事ばかりのサクセスストーリーではありません。小さな違和感を無視せず、泥臭く自分の足で、理想の居場所を探し続けてきました。そこにあったのは、生々しい現実と挑戦の連続です。会社の論理や見せかけの数字に追われるなかで、ふと「自分は本当にこのままでいいのか」と足が止まりそうになる。そんな経験は、誰にでもあるのではないでしょうか。言葉にならない違和感から、目を逸らさない。大里代表の生き方は、私たち自身の「働く意味」を、温かく揺さぶってくれます。

この記事を書いた人

宗宮彰良

宗宮彰良

ツムログ副編集長。2012年に新卒でアクセスに入社し中小企業の社長のお悩みを500社以上サポート。採用の枠を超えたお悩み解決をモットーに月間50件の商談をさせていただいています。想いが強ければ採用はうまくいく。一緒に想いをかなえましょう。

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