目次
杉本 健氏
株式会社マルトク
代表取締役社長
2011年に大学卒業後、静岡のリフォーム会社で訪問販売の営業を経験し、メンタルと営業の基礎を培う。その後、父親が創業した株式会社マルトクを継ぐため、別の運送会社での4年間の修行を経て2017年に入社。入社当初は急激な改革で古参社員の反感を買う挫折も味わったが、「今いる社員への感謝」を胸に組織を改革。2023年に代表取締役社長に就任。社員のライフスタイルに合わせた柔軟な働き方を推進し、運送業界で異例の急成長を牽引している。 ■インスタグラム https://www.instagram.com/marutoku_group ■tiktok https://www.tiktok.com/@marutoku_group?_t=8rpxW3PhQ5I&_r=1 ■youtube https://www.youtube.com/shorts/v4a5_m98vBs
「このままでいいのかな」——毎日の仕事に追われ、ふと立ち止まった夜、自分の仕事が社会とどう繋がっているのか分からなくなることはありませんか。
今回お話を伺ったのは、愛知県岩倉市に拠点を置く株式会社マルトクの代表取締役社長、杉本氏。同社はトラック運送事業を展開し、現在トラック97台、社員数133名を抱える成長企業。ここ数年は年間50名以上の採用を成功させるなど、業界でも異例のスピードで拡大を続けています。
しかし、杉本社長のこれまでの道のりは、決して順風満帆なものではありませんでした。飛び込み営業での挫折、親の会社を継いだ直後に直面した古参社員からの猛反発、そして「正論」だけでは人が動かないという痛烈な気づき。「物流は社会の血管。止まったら世の中が死んでしまう」と言い切る杉本社長の言葉には、働く人々の人生に徹底的に寄り添おうとする泥臭さと、確かな体温がありました。
「稼げる」で飛び込んだ過酷な営業と、空回りした“正論”の会社改革
——杉本社長は大学卒業後、すぐに家業であるマルトクに入社されたわけではないんですよね。どのような20代を過ごされていたのでしょうか。
杉本社長(以下、杉本):大学を出てからは、静岡でリフォームの訪問販売を2年半ぐらいやっていました。「入社2ヶ月目でも100万稼げるよ」みたいな言葉に惹かれて、パッと入っちゃったんですよね。ただ、当時は訪問販売イコール悪徳みたいな風潮が出始めた頃だったので、めちゃくちゃきつかったです。夜の9時まで個人宅のピンポンを押すんですから。怒鳴られたり、水をかけられたり、警察を呼ばれたり…いろんな経験をしました。
でも、あんまり営業が得意だとは思っていなかったものの、その時の経験があったからこそ、少々外で何を言われても気にならなくなったんですよね。結局のところ、営業ってセンスではなくて「数」だと思うんです。数をこなして、お客さんの欲しいものをどんだけ提供できるか。そういう意味では、ものすごい数の場数を踏んだ時期でした。
——そこからお父様が創業されたマルトクを継ぐという話になり、一度別の運送会社で修行をされたと伺いました。
杉本:はい。いきなりマルトクに入ってもいけないということで、父親の知り合いの運送会社で4年間修行させてもらいました。そこではトラックに乗ること以外の業務、例えば営業、現場でのフォークリフト作業、引っ越しの助手、安全会議の資料作りなど、浅く広く色々なことを経験しました。そして2017年、ついにマルトクに入社したんですが……最初はかなり反感を買いましたね。前にいた運送会社がすごく立派な会社だったので、自分が学んできた「正しいやり方」をそのままマルトクでやろうとしてしまったんです。
——良かれと思って持ち込んだ仕組みが、現場との摩擦を生んでしまったのですね。
杉本:そうです。当時のマルトクは社員が40名ほどで、自分から見ると悪いところがいっぱい目についたんですよね。だから、電話のテレアポ部隊を作ったり、月1回の安全会議を無理やり始めたり、ガラッと一気に変えようとしたんです。例えば、当時のドライバーさんたちは高速道路で100キロとか110キロとか普通に出していたんですが、「それは法律違反だから元の速度に戻します」と細かくルールを変えていきました。結果として、猛反発を食らいましたね。「なんだあの生意気な息子は」って。当然ですよね、急に入ってきた社長の息子にあれこれ言われて、絶対いい気はしないじゃないですか。居づらくて、結構な人数の社員が辞めていってしまいました。痛い経験でしたね。
「辞めさせない」のではなく、「どうしたら長く働けるか」を提案する
——人が離れていく経験を経て、そこからどのようにして今の組織に変わっていったのでしょうか。
杉本:やり方というよりも、やっぱり気持ちの問題だと気づいたんです。感謝の気持ちを持つこと。今いる人たちがいてくれるから、マルトクという会社が成り立っているんだと、心から思うように心がけました。多少の仕組みを変えるのは必要ですが、前提として「誰も自分のことについてきたいと思っていない」という事実を受け入れたんです。
——現在のマルトクは、働き方の柔軟性が非常に高いと伺っています。車格が選べるだけでなく、週休3日や4日、日勤のみ・夜勤のみの他にも、時短、ダブルワークなど、運送業界としては珍しい取り組みが多いですよね。
杉本:異業種の勉強会などに参加する中で、人を集めるためには働き方の多様性が大事だと痛感したんです。運送業でやっていないことを、他の業界は先駆けてやっているんですよね。
給料が高いから人が辞めないわけではなくて、ストレスなく自分に合ったペースで働ける仕事を提案してあげることが一番重要だと思っています。例えば「大きなトラックの運転が怖ければ小さいトラックに変えてみる?」「夜間が不安なら日勤だけにしない?」といった具合に、合わないと思ったら何度でも提案します。ドライバーがどうしても合わないなら、営業や配車担当へのジョブチェンジも柔軟に対応しています。
——「合わないから辞める」ではなく、別の選択肢を社内で用意してあげるのですね。
杉本:結論として、辞めると言った人を無理に引き留めても、数ヶ月後には結局辞めてしまうんです。だからこそ、働き方のライフスタイルに合わせる。うちには60代の方も面接によく来ますが、60代なんて今の時代めちゃくちゃ若いですからね。そういう方には、無理のないルートや、週休3日で負担の少ない働き方をしてもらっています。
年金だけでは不安だという方や、孫におもちゃを買ってあげたいという方に、しっかり働ける場所を提供する。どんな世代でも、その人の人生のフェーズに合わせた働き方があれば、長く続けてもらえると信じています。
15億で消えるより、100億で「社会に不可欠な存在」になりたい
——今年は半年で約25名、年間で50名以上の採用を目標に掲げて急速に拡大されています。なぜそこまで一気に規模を大きくしようと考えたのでしょうか。
杉本:ずっと1億、2億ずつのペースで売上は伸びていたんですが、やっぱり「まずは100億を目指したいな」と思ったんです。2030年にトラック200台、社員数350人、そして売上50億。ゆくゆくは100億という規模感です。なぜそこまでやるかというと、世の中に「必要とされる存在」になりたいからです。今の15億の規模だと、極端な話、明日うちの会社がなくなっても世間は誰も困らないんですよ。でも、100億くらいの規模を担っていたら、なくなったら社会が困る存在になれる。どうせやるなら、そこまで目指したいじゃないですか。
——規模の拡大は、社会的な存在意義に直結しているのですね。
杉本:それに、会社を大きくして利益を出さないと、社員の給料のベースアップや退職金制度の導入、福利厚生の充実といった還元ができないんです。この3年間ずっと給料のベースは上げていますが、それを続けるためには元手がいりますよね。僕自身、人のことにすごく興味があるかというとそうでもなくて、自分が一番大好きなんですが(笑)。売上が右肩上がりになって、人が増えていくのを見ることが一番のモチベーションなんです。父親に対する親孝行という意味でも、会社が良くなって、社員にしっかり還元できている今の状態を作ることが、一番の恩返しだと思っています。
——最後に、いま自分の仕事の意味を見失って「このままでいいのかな」と悩んでいる20代、30代の若手に向けて、何かメッセージはありますか。
杉本:トラックドライバーって、少し前までは「運転免許さえあれば誰でもできる仕事」みたいに言われて、世の中的な価値があまり上がってこなかったと思うんです。でも、本質は違います。僕らが物を届けて喜んでもらう。それが届かなければ、世の中の経済も、皆さんの生活も成り立たない。スーパーに並んでいる水ひとつとっても、誰かがトラックで運んでいるからそこにあるわけです。物流は、いわば「社会の血流」であり「人間の血管」みたいなもの。それが止まったら、社会は死んでしまいます。
これからAIや自動化が進んで、簡単になっていく仕事やなくなる仕事はあるかもしれません。でも、階段を上がって荷物を届けたり、人の手が必要な泥臭い仕事は絶対になくならない。世の中の基盤を支えているという誇りを持って働ける仕事です。もし今の仕事に迷っている人がいたら、自分たちが社会のどの部分の「血管」を担っているのかを考えてみると、少し見え方が変わるかもしれませんね。

「誰も自分のことについてきたいと思っていない」。杉本社長の口から出たその言葉には、かつて「正論」を振りかざして人が離れていった痛切な経験と、そこから這い上がってきた経営者としての生々しい覚悟が滲んでいました。20代後半から30代にかけての時期は、知識や経験が少しずつ身についてくるからこそ、会社の「正しくない部分」ばかりが目につき、周囲との熱量の差に苛立ってしまうことも多いはずです。しかし、どれだけ正しいルールや立派な仕組みを並べても、そこに「体温」がなければ人は動かない。杉本社長の挫折と変化のエピソードは、そんなリアルな現実を私たちに突きつけてくれます。
「辞めたいなら引き留めない」というドライな合理化が進む現代において、マルトクのように「だったら別のポジションはどう?」とお節介なまでに社員の人生に寄り添う会社は、決して多くありません。それは単なる福利厚生ではなく、社員一人ひとりの生活への感謝とリスペクトそのものです。
「物流は社会の血管。止まったら世の中が死んでしまう」。 その泥臭くも圧倒的な誇りに触れたとき、ふと「今の自分の仕事は、社会のどんな血管を担っているのだろう」と考えさせられました。毎日の業務に追われ、「このままでいいのかな」と迷いが生じた夜に、杉本社長の力強く温かい言葉を思い出していただけたら嬉しいです。
この記事を書いた人
河本さゆり
中途入社6年目。前職の保険営業で培った寄り添う姿勢を大切にしています。社長との対話から企業に眠る「まだ知られていない魅力」を丁寧にすくい上げ、求人票には載っていない「リアルな社風」や「トップの熱意」をどんどん引き出します。仕事探しに役立つ記事をお届けし、皆さんの最高の出会いを全力で応援します!
営業
このライターの記事をもっと見る →他の記事を読む
「手放すことで、新しいものが手に入る」
今回お話を伺ったのは、愛知県で小型貨物配送を担う株式会社シーガルロジ、代表取締役の大城氏。6年前に遭った大事故によって、人生の大きな転換期を経験されました。一時はドライバーとしての「売り」を失い、業界を去る […]
何度も壁にぶつかり、理不尽な倒産を経験し、それでも自身の確固たる芯に従って歩んできた泥臭いリアル
愛知県春日井市を拠点に、完全オーダーメイドの石材製品の設計や輸入卸業を営む「センス」代表の杉田順一さん。高校卒業後にアパレル営業や過酷な推進工事の現場を経験し、30歳で未経験の石材業界へと飛び込みました。35歳で勤め先の […]
職人の一斉退職という絶望的な危機を、夜通し機械を回して乗り越えた。社長と社員が本気で喜びを分かち合う、最高に“体温のある”町工場のリアル。
ゼット工業株式会社は、1966年に創業された水処理用フィルターの製造および輸入販売を手がける、愛知県のモノづくりを力強く支え続けているメーカーです。代表取締役社長を務める山内氏は、20代という若さで家業である同社に入社し […]