「天職なんてそうそう見つからない」。異業種から建築へ、人との縁と信用を積み重ねてきた社長の仕事観 ——寿・建築工房株式会社

「天職なんてそうそう見つからない」。異業種から建築へ、人との縁と信用を積み重ねてきた社長の仕事観 ——寿・建築工房株式会社

名古屋市守山区。都市部でありながら、少し足を伸ばせば豊かな自然環境が広がるこの場所に、寿・建築工房株式会社の事務所はあります。

住宅の新築や増築、コンテナハウス、リノベーション、公共施設の修繕・改修工事まで幅広く手掛ける同社。けれど長尾社長は、最初から建築の世界を志していたわけではないと言います。アパレルの仕事に夢中だった青年が、思いがけないきっかけで建築業界に飛び込み、やがて自ら会社を経営するまでに至ったという歩みには、誰もが驚かされます。

そんな長尾社長のご自宅兼趣味部屋は、こよなく愛する塊根植物やアンティーク雑貨、古着、フィギュア、キャンプ道具が所狭しと並んでいます。まるでヴィンテージショップや大人の秘密基地のような空間です。好きなものに囲まれた暮らしへのこだわりは、仕事での空間提案にもつながっています。

「最初からやりたいことがあったわけじゃない」と語る長尾社長。それでもなぜ建築の仕事を続け、会社をつくることになったのか。今回は株式会社アクセスの飯沼が、独立までの歩みや仕事を通じて積み重ねた信用、そして自分らしい働き方への思いを伺いました。

 

 

現場にローファーで登場!? アパレルから思いがけず入った建築の世界

 

——建築のお仕事を立ち上げられる前は、服飾やアクセサリーの企画制作をする会社にいらっしゃったと伺いました。ご自宅のお写真を拝見して素敵な趣味の空間が広がっており、見ているこちらまでワクワクしました。

 

長尾社長(以下、長尾):高校の頃から服や古着が大好きで、よく大須の街に通い詰めていたんですよ。工業高校の化学科だったんですけど、当時は求人がすごく多くて、同級生の中には誰もが知る大手企業に行く子もいました。実は僕も最初はその一社から内定をもらっていたんです。でも、どうしてもそこに行きたいというルームメイトがいて、僕は辞退したんですよね。今思うと、もったいなかったかな?って(笑)。

 

——大手企業の内定を辞退されたんですね。そこからどうしてアパレルの世界へ進むことになったのでしょう。

 

長尾:たまたま地元の先輩に、「うちに来ない?」って誘われたのがきっかけですね。アクセサリーや服飾雑貨なんかを扱っている会社で、大阪や東京の問屋へ仕入れに行ったり、企画して工場に「この色で作って」ってお願いしたりしていました。それを大手小売店のバイヤーさんや、ショップなんかに売りに行くんです。お店によって売れるものが全然違うから、それぞれの店舗の客層を見極めて営業するのはすごく面白かったし、営業成績もそこそこ良くて、自分でも営業として頑張れるなって思っていましたね。

 

——ご自身の趣味とも合っていて、しかも営業成績も良かったのなら、とても充実した20代前半だったのではないでしょうか。そこからなぜ、全く異なる建築業界へ転身することになったのですか。

 

長尾:父親が兄弟で工務店をやっていて、ちょうど建築業界がすごく忙しい時期だったんですよ。それで「人がいないから」って、半ば強引に引き入れられたんです。正直、当時は建築の仕事に全く興味がなくて。それで現場にローファーを履いていったり、ブランドもののポロシャツにチノパンみたいなアメカジの格好で行ったりしてました。今では考えられない話ですけどね(笑)。

 

——周りの職人さんたちはさぞ驚かれたんじゃないですか。

 

長尾:そりゃあもう、周りの職人さんは驚いたと思いますよ。現場に合う格好じゃないですからね。今考えると、とても恥ずかしい話です(笑)。当時は自分でも「どうせすぐ辞めるだろうな」って思っていたのに、まさかここまで建築の仕事を続けることになるとは、想像していませんでした。

 

 

「お客さんも職人さんもいる。自分がやるしかない」会社の廃業から始まった独立

 

——すぐ辞めようと思っていたにもかかわらず、現在まで建築のお仕事を続けられ、ご自身で会社を立ち上げるに至ったのには、どのような転機があったのでしょうか。

 

長尾:父親の会社の業績がだんだん悪くなってしまって、ついに会社を畳んで辞めるということになったんです。でも、その頃には僕も現場から営業まで一通りやるようになっていて、長く付き合っていただいているお客さんもたくさんいたんですよ。先の仕事も決まっていたし、僕をあてにしてくれている職人さんたちもいる。だからもう、無理くりですよ。自分がやるしかない状況でした。

 

——なるほど。熱い志があって起業したというよりも、目の前のお客さんや職人さんに対する責任感が、社長を独立へと突き動かしたのですね。

 

長尾:全然そんな熱いもんじゃないですけど、やるしかないなって。本当にお金もないし、自分で会社を始めるつもりなんてなかったから、まさか建築会社を経営するなんて、昔の自分からしたら夢にも思いませんでしたね。現場や営業は経験していたけど、経営やお金の回し方はまた別の話です。建築の仕事は工事代金が入ってくるまでに時間がかかることもあるし、その間にも支払いはある。独立した頃は、特に資金繰りが大変でした。

 

——右も左も分からない経営の中で、周囲の方々のサポートもあったのでしょうか。

 

長尾:それはもう、周りの職人さんたちにすごく助けられました。「親父さんの息子さんだから、いいよいいよ」って協力してくれて。もともと営業マンだったので協力会社さんとも顔見知りだったから、みんなが後押ししてくれた感じです。そうやって個人事業主としてなんとか5年間やって、2013年に法人化して「寿・建築工房株式会社」として再スタートを切りました。ちなみに社名の「寿」は僕の名前の「寿光」から取っただけで、あとから「喜びや幸せが続いてほしいという意味があります」ってホームページのクリエイターさんに言われて、「へえ、そうなんだ」って思ったくらいなんですけどね(笑)。

 

 

公共工事で積み重ねた信用と、趣味から広がる自分らしい空間提案

 

——ホームページの施工事例を拝見すると、ポップな柄の壁紙やシックなデザインなど、お客様の好みに合わせたオーダーメイドのリノベーションがとても魅力的ですが、そういったデザイン性の高いお仕事が多いのでしょうか。

 

長尾:いやいや、実際はなかなか思っているようにはいかないですよ。予算の都合や建物の状況もあるし、デザインだけじゃなく、必要に迫られた修繕や改修も多いです。うちは区役所や学校などの公共施設の工事も昔からやらせてもらっています。そういう仕事は安全面や施工のルール、工期など、きちんと守らなければいけないことが多いんです。派手な仕事ではないけど、一つひとつ真面目にやってきたことが信用につながって、また声を掛けていただけるのは本当にありがたいですね。地元で頼ってもらえる仕事を続けてきてよかったと思います。

 

——公共施設を守る堅実な仕事が会社の基盤にある一方で、社長ご自身の趣味や感性を活かした空間提案も強みになっていますよね。

 

長尾:数年前から植物育成にすっかりハマっちゃって。インスタで園芸ショップのライブ配信を見ていると、ついつい夢中になって買いすぎちゃうこともあるんです(笑)。でも、そういう植物とか、作家さんが作った鉢とかを飾るための棚を自社で設計して作ったりするんです。それを見せて「こんな趣味部屋を作ってみませんか?」って、お客さんに提案できるのも面白いですね。

 

——アパレル時代に培った感性や、現在夢中になっている趣味の世界が、そのままお客様への独自の提案につながっているのですね。

 

長尾:建築って専門分野が本当に広いんですよ。だから僕一人で全部やろうとは思っていません。うちには専門知識を持ったスタッフや、長年付き合ってきた職人さんたちがいますからね。私のアイデアでも、技術的に難しいことは指摘してくれる。だから、「それはできない」とか「構造的におかしいよ」って、ちゃんと言ってくれるんです。そういうプロの人たちが周りにいてくれるから、僕も安心して面白いことを考えられるし、お客さんへの提案や営業にも力を入れられる。本当にみんなのおかげですよ。うちは大きな会社じゃないので、一人ひとりの役割が大切なんです。建築の仕事は一人ではできないですからね。知識や技術ももちろん大事ですけど、分からないことをちゃんと聞けるとか、周りと連携して仕事ができるとか、そういうことを大事にしたいですね。

 

 

「天職なんてそうそう見つからない」好きなものと、目の前の仕事を大切に

 

——これから先、寿・建築工房株式会社として力を入れていきたいことや、大切にしていきたい価値観について教えていただけますか。

 

長尾:服でも道具でも、僕は値段だけじゃなくて、「これだったら絶対これだろう」って思えるものを選びたいんです。気に入ったものなら捨てられないし、ずっと手元に残せるじゃないですか。家も同じで、新しく建てるだけじゃなく、今ある建物を好みにリノベーションする仕事にも、もっと力を入れていきたいですね。ニューヨークの古いマンションみたいに、外観は百年経っていても、中だけ自分たちの趣味に合わせてきれいにして住むとか。流行りの色や柄に合わせるだけじゃなくて、その人の趣味に振り切った、居心地のいい提案をしていきたいと思っています。

 

——最後に、ツムログ愛知の読者である「自分の仕事はこのままでいいのだろうか」と悩む20代・30代の若手社会人に向けて、メッセージをお願いします。

 

長尾:天職なんて、そうそう見つかるもんじゃないと思いますよ。いつか人生を振り返った時に「ああ、あれが天職だったな」って思うことはあるかもしれないけど、若い頃から自分に合う仕事が分かっていたわけじゃないのは、僕も同じです(笑)。でも、どんな仕事であっても、自分が夢中になった趣味とか、しんどくても目の前のことに一生懸命向き合った経験っていうのは、いつか自分の強みになると思うんです。僕の場合も、服が好きだったり、植物が好きだったりしたことが、回り回って今の空間づくりにつながっているわけですからね。だから、最初から天職を探そうと難しく考えすぎず、まずは目の前の仕事と、自分の好きなものを大事にしていけばいいんじゃないかなと思います。

「天職なんて、そうそう見つかるもんじゃないと思いますよ」。取材の終盤、長尾社長が笑いながら話したこの言葉に、思わず肩の力がふっと抜けるのを感じました。

私たちはつい「やりがいのある天職」や「自分にしかできない仕事」を最初から見つけなければ、と考えてしまいがちです。しかし、長尾社長の歩みは少し違います。思いがけず飛び込んだ建築の世界で、お客様や職人さんとの約束を一つずつ守り、目の前の仕事を積み重ねてきました。その一方で、服や植物、古いものへの「好き」という気持ちを手放さず、少しずつ自分の仕事にも重ねてきたのです。

最初から立派なビジョンがなくても、経験を重ねる中で自分らしい働き方は見えてくるのかもしれません。公共施設の工事で培ってきた信用と、趣味を起点にした自由な発想。その両方が共存しているところに、寿・建築工房らしさを感じました。

この記事を書いた人

飯沼京子

飯沼京子

2015年入社。丁寧なヒアリングとフォローをモットーに採用課題の解決に取り組んでいます。企業と求職者の架け橋になれるよう、魅力の発掘を目指し、日々お客様に寄り添い求人広告を作っています。

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