取扱商品を絞り、無駄な仕事を削ぎ落す。「やめる経営」の裏にある、三代目社長の社員愛。

取扱商品を絞り、無駄な仕事を削ぎ落す。「やめる経営」の裏にある、三代目社長の社員愛。

「最初は親父のいい車への憧れだった」「ズブズブの泥臭い営業が楽しかった」
そうあっけらかんと笑う山本社長。家業を継いでからは、カフスや扇子などの取扱商品を大胆にやめるなど一見ドライに見える「やめる経営」を断行してきました。しかしその裏側には、「形だけのルールで社員を疲弊させたくない」という、体温の通った優しい眼差しがありました。

 

 

「社長になりたかった」「憧れだった父の車に乗りたかった」

 

 

――山本さんは小学生の頃からすでに「将来は社長になる」と決めていたと伺ったのですが、それはご実家が1945年創業の歴史ある繊維問屋(山本洋品雑貨株式会社)だったから、という環境が大きかったんでしょうか?

 

山本社長(以下、山本) いや、子供でしたので社会貢献をしたいとか、立派な経営理念を掲げたいなんてことはあまり考えていなくて(笑)。でも『俺も社長になって、父みたいないい車に乗って稼ぐんだ』っていう憧れだけだったんですよ。でも、そんな単純な憧れが自分の原点にあって、長男ということもあって「いつかは家業を継ぐぞ」という想いは幼少期からずっと思っていましたね。

 

――綺麗事じゃないその動機、すごく人間味があっていいですね。大学は関西大学に入学され、卒業後もすぐ家業に入らず、まずは東京のアパレル商社に就職されたんですよね。

 

山本 そうです。アパレル商社に4年半ほどいました。就活のときはアパレル商社に絞って10社くらい受けて、2社しか内定がもらえなかったんですけど、とにかくその業界に行きたかったんです。総合アパレルメーカーだと、大卒でも1回は店舗でのショップ店員を経験しなきゃいけない会社が多くて、僕はアルバイトでもショップ店員の経験が全くなかったので、今更そこからやるのもなと思って。数字で実績がハッキリ返ってくる商社の営業職をやりたくてその会社を選んだんです。

 


商社での修行時代。「何かあったときに一番最初に電話がかかってくる存在になりたい」

 

 

――東京での商社時代の営業は、かなりハードでありながらも、すごく楽しかったとお聞きしています。

 

山本 そうですね。とにかく泥臭い、コテコテの営業をやっていましたよ。競合他社がたくさんいる中で、「何かあったときに、一番最初に電話がかかってくる存在になりたい」と本気で思っていたんです。だから、お客さんが扱っているブランドの服を自ら買い揃えて身にまとって、お客さんの販売催事があればお店までついていって一緒に店頭に立ったりしていました。

 

――相手の懐に飛び込んでいくわけですね。

 

山本 そうです、そうです。最終的には「お客さんの事務所に自分の席を置かせてもらえないか」って本気で頼み込んで居座ろうとするくらいの想いでした。でも、そうやって相手の立場に徹底的に立って、相手に喜んでもらって、それが目に見える数字として返ってくる。あの時の「お客さんと深く関わって仕事を作る」という手触り感のある楽しさが、自分の営業としてのベースになっていますね。

 

――その「お客様の立場に立って徹底的に考える」という姿勢は、現在の山本洋品雑貨の営業メンバーにも伝えている部分なんですか?

 

山本 今は現場に任せていますけど、そこは口を酸っぱくして言っていますね。「作り手や売り手側のエゴで機能をつけても、それってお客さんが出した時に嬉しくないんじゃない?」っていう視点です。あと、うちでは「訪問回数」をすごく大事にしています。各営業が月に何回お客さんと会って接触しているか。1人あたり10社ちょっとの担当先を持ってもらっているんですけど、その中でも特に主要な得意先を設定して、月ごとの接触目標を立てて動くようにしています。実は僕はもう2年前に営業を外れてしまって、お客さんをもう持っていないので、営業が大好きな自分としてはちょっと寂しい部分もあるんですけどね(笑)。

 

 

5年間の社長修行と、経営塾で「ボコボコ」にされた危機感

 

 

――その後、2014年に山本洋品(現・山本洋品雑貨)に入社されるわけですが、そこから2019年に社長に就任されるまでの5年間は、かなり濃密なインプットの期間だったようですね。

 

山本 はい。社長になる前の5年間のうち、1年間は顧問をしていただいている税理士法人さんへ実際に出向させてもらったんです。そこで伝票の仕分けから、決算書の作成、決算処理、税金の計算まで、会社の「数字の裏側」がどう成り立っているのかを徹底的に勉強させてもらいました。経営者になるなら、どんぶり勘定ではなく、数字をちゃんと理解していなければ戦えないなと思ったので。

 

――それはかなり実践的な修行ですね。その後も、色々な経営の勉強会に参加されたそうですが。

 

山本 最初は父親からの紹介で経営者が集まる経営塾に入り、経営哲学や経営の原理原則など精神面が鍛えられ、やがて実践的な10年計画の作り方などを学び、身に付けました。ただ、その塾は二代目・三代目の経営者が多くて、どちらかというと「規模を無理に拡大せず、小さくても強い会社を作ろう」という空気感があったんです。でも当時の僕は年齢的にもまだ若かったですし、「もっと攻めたい、もっとヒリヒリした場所で勉強したい」という思いが強くなって。それで自ら探して、厳しいことで有名な経営塾に飛び込みました。

 

――かなり大変な思いをされたんじゃないですか?

 

山本 はい、もうツラかったですね(笑)。でも、会社の中では社長って誰も叱ってくれないじゃないですか。だからこそ、外の厳しい環境で怒られて、反省して、他社の経営者たちと本音で切磋琢磨することで、次の時代への強い危機感やアンテナを養うことができたと思っています。そういう場所で出会った仲間たちとは、今でも夜に飲みに行ったりして、本音で相談し合える良い関係が続いていますね。

 

 

年間8,000万円の返品をなくす。「やめる経営」で守りたかった社員の“余白”

 

 

――そして2019年、ついに3代目社長に就任されます。ここから山本社長の「やめる経営」という大改革が始まるわけですが、これはお父様(先代)のやり方とは大きく異なるものだったんですよね。

 

山本 うちの創業期からの昭和のスタイルって、製造、企画、営業、物流、小売まで、何でも自社で抱え込もうとする「何でも屋」だったんです。でも、今の時代にそれを全部やろうとすると、社員のパワーも分散するし、組織が疲弊してしまう。だから僕は「選択と集中」で、とにかく「やめること」を決めようと思ったんです。

 

――具体的に、何を「やめた」のでしょうか?

 

山本 まずは取扱商品ですね。カフス、扇子、ハンカチ、タイピン、サングラスといった、これまでなんとなく扱っていた細々とした商品を全部やめて、「ベルト」に一点集中させました。ベルトというカテゴリーなら、他社があまり注力していない分、自分たちが日本で一番になれるシェアを持っていたからです。それから、取引先も整理しました。年間売上予算が500万円以下のお客様への営業活動は徐々に減らして、その代わりに全国に200店舗以上を展開するような大手のアパレル専門店やホームセンターなどの取引を毎年増やしていくようにシフトしたんです。

 

――何でも売るスタイルから、得意な領域に絞り込んだのですね。そして何より大きかったのが「委託販売の撤廃」だと伺いました。

 

山本 そうなんです。昔ながらの「売れ残ったら返品していいよ」という委託販売は、一見売上を大きく見せられますが、うちでは年間で約8,000万円分もの返品が発生していました。返品が届くたびに、営業メンバーがその仕分けや処理、新しい売り先への電話かけに追われて、精神的にも肉体的にも完全に疲弊していたんです。「この返品処理をやり続けるの、誰のためにもなってないな」と思って、買取販売へ完全にシフトしていきました。一気にやると売上が減るので、毎年少しずつ買取へ交渉を進めていって、現状では委託販売はもうやっていません。

 

――一見、売上を削るような冷徹な決断に見えますが、本質は「目の前の営業メンバーを無駄な業務から解放して、もっとお客様のために時間を使える余白を作ってあげたい」という優しさだったんですね。

 

山本 本当にそうです。社員を疲弊させるだけの昭和のシステムは、うちの代で綺麗にやめようと。それ以外にも、毎朝なんとなくやっていた「朝礼」もスパッと廃止し、月1回実施に変更しました。「朝礼の目的って情報共有とお互いを知ることでしょ?だったらチャットなどのテキストツールで十分だし、別の方法でいいじゃん」って。若い子が「朝から電話対応に追われるのがしんどい」と言えば、電話対応を営業事務チームに集約して、営業が商談に集中できる環境を整えました。

 

 

社員がコミュニケーションを深める機会には、会社が積極的に投資。

 

 

――無駄な手続きや形骸化したルールを「やめる」一方で、社内の部活動や飲み会とには、会社が積極的にお金を出して支援しているのが凄くユニークだなと感じます。

 

山本 朝礼みたいな堅苦しいものは要らないけれど、やっぱりみんなで楽しく汗を流したり、本音で笑い合ったりするコミュニケーションは組織に絶対必要だと思うんです。だから、若手の歓迎会や忘年会の費用は会社が全額負担しますし、名古屋ではみんなでマラソン大会(犬山マラソンやシティマラソンなど)に出たり、東京の事務所ではフットサルチームを作って大会に出たり、そういう社内イベントのサポートはしっかりやっています。

 

――会社負担でみんなで走ったり、ボールを蹴ったり。社員の方からは文句が出たりしないんですか?(笑)

 

山本 みんな心の中ではどう思っているかはわかりませんが、それでも終わった後にみんなで「お疲れ!」って美味いビールを飲む。僕自身はフットサルもマラソンも、最近はちょっとサボり気味で社員から文句を言われているんですけどね(笑)。そういう、綺麗にまとまりすぎていない、アットホームな距離感が、うちの会社の持ち味だと思っています。

 

――美しすぎる理念やスマートな制度ばかりを追求する会社が増えている中で、山本洋品雑貨さんの「不要なものは徹底的にやめる、だけど人と人との交流は守り抜く」という姿勢は、日々働く意味に悩んでいる若い世代にすごく響く気がします。

 

山本 最初から立派な想いなんてなくてもいいと思うんです。僕自身、「いい車に乗りたい」から始まって、コテコテの営業で怒られながら、こうして今みんなと温かい会社を作れている。「何のために働くのか」なんて難しく考えすぎず、まずは目の前の人を喜ばせて、無駄なことはやめて、みんなで汗を流して美味い飯を食う。それくらい等身大の温度感で、一緒に働いていけたら最高ですね。

 

 

山本洋品雑貨株式会社-山本社長

 

 

不要なものは容赦なく削ぎ落とし、効率を突き詰める。けれど、その先に生まれた「余白」を埋めるのは、無機質な目標管理ではなく、社員同士が汗を流すフットサルやマラソンという、アナログで温かいコミュニケーションでした。

「何のために働くのか」と悩んだ時、私たちはつい大きな答えを探してしまいます。でも、本当はもっとシンプルでいい。目の前の誰かを喜ばせて、無駄なことはやめて、仕事が終われば仲間と美味しいビールを飲む。そんな自然体で背伸びをしない大人たちがいる会社でした。

 

この記事を書いた人

宗宮彰良

宗宮彰良

ツムログ副編集長。2012年に新卒でアクセスに入社し中小企業の社長のお悩みを500社以上サポート。採用の枠を超えたお悩み解決をモットーに月間50件の商談をさせていただいています。想いが強ければ採用はうまくいく。一緒に想いをかなえましょう。

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