「やりたいこと」なんて、なくていい。まずは“やってみる”から見えてくる景色がある。

「やりたいこと」なんて、なくていい。まずは“やってみる”から見えてくる景色がある。

内藤 啓喜 氏

内藤 啓喜 氏

株式会社大黒屋仏壇店

代表取締役社長

(ないとう けいき) /1975年生まれ。愛知県内の大学を卒業後、1999年に家業である大黒屋仏壇店へ入社。仏壇・仏具店の4代目。入社後は各店舗を回り、約10年間現場で営業を経験。専務取締役を経てEC事業の立ち上げなどを牽引し、2016年に代表取締役に就任。現在は従来の小売販売に加え、名古屋仏壇の伝統工芸技術を活かした建築内装・プロダクト事業など、新たな領域への挑戦を続けている。

「仏壇業界」と聞くと、古くからのしきたりを守り続ける、変化の少ない保守的な世界を想像するかもしれません。しかし、大黒屋仏壇店は従来の小売販売にとどまらず、名古屋仏壇の伝統的な技術である漆塗りや木工を活かして、ハイブランドの店舗内装やホテルの空間演出を手掛けるなど、次々と新しい領域へと挑戦を広げています。

大学卒業後に家業へ入り、約10年間現場の営業マンとしてお客様と向き合ってきた内藤さん。「最初からやりたいことが明確な人は少ない。まずはやってみないと見えない景色がある」と語るその言葉には、迷いながらも立ち止まらずに歩みを進めてきた大人の、等身大の体温と静かな誇りが宿っています。

 

時代に合わせて形を変える。「変わらない」ために変わり続ける大黒屋の歴史

ーーまずは改めて、現在の事業内容と従業員数についてお伺いしてもよろしいでしょうか。

 

内藤:事業内容は仏壇仏具の小売販売というのが主事業になります。それに付随してインターネットでの通信販売がありまして、あとは対法人という形になるのですが、我々の業界で法人と言ったらお寺さんになりますので、ご寺院への仏具やお線香、ろうそくなどの提供から、本堂の中の修復などもやっています。最近だと、お墓がだんだんなくなっていく中でお寺の中にお骨を納める「納骨壇」が必要になっているのですが、そういったものの施工も手がけていますね。従業員数は正社員が22名、パートさんが3名の合計25名で事業を行っています。

 

ーー最近では、そういった従来の事業に加えて、伝統工芸の技術を活かした新しい取り組みもされていると伺いました。

 

内藤:ええ、伝統工芸の技術を使った仏壇作りがあるのですが、その技術の部分を仏壇作り以外のものづくりへ兼用、活用していくというような事業もやっています。例えば、建築の内装材であったり、プロダクトの販売や施工ですね。名古屋市内にあるホテルの中のバーの仕切りの壁面に、仏壇を塗っている職人さんに漆で塗ってもらった金属板を250枚ほど設置したりしました。あとは、他の施工会社様からいただいたお仕事で、大阪心斎橋にあるハイブランド店のVIPルームのカウンターを漆で塗ったり、西尾市にある抹茶の製造会社様の本社屋の天井に、組子という細かい木材の装飾を設置したりもしています。最近だと、名古屋市が行っている街並みデザイン賞の表彰トロフィーを作らせていただいたりという感じで、徐々に広げていっているところですね。

 

ーー大黒屋さんは内藤社長で4代目とのことですが、ひいおじい様の代からどのように形を変えてこられたのでしょうか。

 

内藤:私のひいおじいさんは完全に職人だったんです。「木地」と言って、仏壇の一番骨組みになる木工部分を作る職人ですね。もともとは岐阜県の出身で、明治時代に名古屋に出てきて独立したところからスタートしています。その後、祖父の代で一番最後の工程である「組み立て」をする職人になり、今で言う卸売業のような形へ変わりました。各工程の職人さんに発注していって、最後に集まったものを自分で組み立てて販売するという仕事ですね。その頃は住み込みで職人さんが何人もいたと聞いています。そして、今の場所に本社を新築して、多店舗展開など小売販売を本格的に始めたのが父親の代になります。

 

お客様の「思い」に寄り添う面白さ。無理難題に応えた20代の営業マン時代

ーー職人から卸売、そして小売へと、時代とともに柔軟に事業形態を変えてこられたのですね。内藤社長ご自身は、やはり昔から家業を継ぐという意識があったのでしょうか。

 

内藤:もともとこの場所は半分が別の仏壇屋さんで、うちは5階建ての建物の下3階までが店舗と作業場、4階と5階が自宅でした。小学生の時も、帰宅して自宅に行くには当然店を通って階段を上がらなければならず、家族で食事している時も仕事の話が中心という中で育ってきましたから、基本的には家業をするんだろうなという意識はありました。歴史的なものが好きだったので、興味がある分野でもありましたしね。1999年に大学を卒業してそのまま入社したのですが、当時はすでに5店舗ある状態で、まずは大府店に営業として入り、そこから各店を順番に回って約10年間ほど営業をしていました。

 

ーー4代目として家業に入られて、プレッシャーを感じたり、うまくいかずに悩んだりされたことはなかったのでしょうか。

 

内藤:プレッシャーみたいなものは特になくて、毎日営業マンとして大変なことや色々な思い出はありますけど、会社の危機を感じて焦るといったことはなかったですね。やりたいタイミングでやりたいことをやっているというような感覚で、逆に言えば爆発的に何かが成功しているわけでもないのですが、継続して続けられているという感じです。

 

ーー営業マン時代に、特に印象に残っているエピソードがあれば教えてください。

 

内藤:その時はすごく大変だったのですが、後から思えば面白かったな、いい経験だったなと思うことは多いですね。一番覚えているのは、もともと新聞記者をされていたお客様で、仏壇や位牌に対して非常に強いこだわりを持たれていた方のことです。位牌に彫る文字というのは、専用の機械があって決まった字体になるのですが、その方は活字マニアで「このハネや払いの角度が気に入らない」とおっしゃったんです。普通ならお断りされてしまうような内容ですが、文字を一つ一つ作っていける別の彫刻機を持っているメーカーさんにお願いして、そのお客様と一緒にそこへ出向き、「このハネをもっとこうしてくれ」と細かく調整しながら、全部専用の文字を作って位牌に入れました。

 

ーーそこまで徹底的にお客様の思いに寄り添われたのですね。

 

内藤:時間も手間もかかりましたが、お客様には大変満足していただきまして。今でも1〜2年に1回くらい、名古屋の方へいらっしゃった時にはわざわざお店に寄ってくださります。特に仏壇や仏具というのはお客様の「思い」を形にするものなので、こだわりが強い方ほど、それを叶えて差し上げられた時の喜びは大きいですし、そういう無理難題に応えられるのは楽しいことでもあるのです。

 

ーー営業という仕事に対して、嫌だなと思ったりすることはなかったのですか。

 

内藤:長い間やってきましたが、営業が嫌だと思ったことはないですね。販売しているものや仕入れているものは、自分が本当に「販売したい」と思えるものしか仕入れていませんし、サービス面でも自信を持った商品をご案内しているので、売るものに対して納得できないとか、これは売りたくないなと思ったことはないです。

 

悲観せず、強みを活かす。仏壇職人の技術を現代の建築やプロダクトへ

ーー自分が心から自信を持てるものを販売できるというのは、働く上でとても幸せなことですね。現在は、従来の小売だけでなく新しい事業にも次々と取り組まれていますが、その背景にはどのような思いがあるのでしょうか。

 

内藤:仏壇が売れないわけではないのですが、売れる仏壇が小型化していて単価が下がり、今の人口減少の中で今後の需要も減っていくであろうという顕著な時代の流れを感じています。それを変えることはできないので、悲観するのではなく、プラスしていけるものを模索しながら新しい事業に注力している形です。お寺関係の事業にしても、うちの向かいにあった仏壇屋さんが4軒なくなってしまったりと、全国的に事業者が減っていく中で、残っているところに仕事が回ってくるというサイクルがあるので、まだまだ見込みがあると考えています。

 

ーー伝統工芸の技術をブランド店の内装に活かすというのも、そうした模索の中で生まれたアイデアなのですね。

 

内藤:名古屋の仏壇組合の副理事長をやっている関係で、伝統工芸の活動を東京でされている方と繋がりができたのが一つのきっかけです。名古屋仏壇の産業自体がもうかなり危ないところまで来てしまっているので、何か違う形でその技術を活用できたらという思いがありました。漆を塗って金箔を張り、金具を取り付けるという昔ながらの大型仏壇を作る技術は、それぞれの工程を専門の職人さんがリレーして作り上げていく素晴らしいものです。今はそういう分業制の需要が少なくなっていますが、そういった技術のベースがあるからこそ、新しいフィールドでも展開できているのだと思います。

 

「とりあえずやってみる」から始まる仕事の面白さ。迷える若手へ

ーー時代の変化を冷静に見極めつつも、新しいことに挑戦し続ける姿勢が素晴らしいです。最後に、今の仕事に対して「このままでいいのかな」「自分のやりたいことが分からない」と悩んでいる20代や30代のビジネスパーソンに向けて、メッセージをいただけますでしょうか。

 

内藤:何かをやりたいと明確に思っている人って、実はそんなにいないんじゃないかと思います。私自身はたまたま家業があって、その仕事が好きで続けていますが、最初からやりたいことを仕事にできている人は一握りです。だから、やりたいことが見つからなくて迷っているなら、まずは「とりあえずやってみる」しかないのかなと思います。

 

ーー無理にやりたいことを見つけようとしなくても、まずは目の前のことに取り組んでみるということですね。

 

内藤:ええ。仕事はお金をいただいて生活するためのものですから、最初は「収入のため」と割り切って始めても全然いいと思うのです。でも、実際にやってみる中で、「あ、これなんか面白いな」と思ったり、逆に「これは嫌だったから、違う方向はどうだろう」と気づいたりすることが必ずあります。うちに入社してくれたスタッフも、最初はどんな仕事か分からずに入ってきて、工場見学で実際に職人さんの製造現場を見たり、展示会に行ったりする中で興味を持ち、「面白いですね」と続けてくれている人がたくさんいます。

 

ーー最初から正解を求めるのではなく、経験の中で見つけていくプロセスが大切なのですね。

 

内藤:そうですね。仏壇や仏具というのも、ものすごく細かい宗教の決まりがあったりして、知っていくと非常に奥深く、絶対に自分の身になる知識です。まずは色々なことに挑戦してみて、トライアンドエラーを繰り返しながら、自分なりの道を見つけていけばいいんじゃないかなと思います。

 

株式会社大黒屋仏壇店の内藤社長

「自分が販売したいと思えるものしか仕入れていないから、営業が嫌だと思ったことはない」。内藤さんのこの言葉には、日々の仕事に対する揺るぎない誇りが込められていました。

私たちはつい「心からやりがいを感じられる天職」を求めて思い悩み、今の環境に物足りなさを感じてしまいがちです。しかし、お客様の細かなこだわりに何日もかけて寄り添ったり、衰退しつつある業界の技術を新しい場所へと繋ぎ直したりする大黒屋の挑戦の軌跡は、仕事の面白さが「最初から用意されているもの」ではなく、目の前のことに真摯に向き合った結果として「後からついてくるもの」であることを教えてくれます。

「とりあえずやってみたらいい。やってみないと見えないこともあるから」。その飾らないエールは、「このままでいいのかな」と足踏みをしている私たちの背中を、そっと、確かな温度で押してくれるはずです。

この記事を書いた人

河本さゆり

河本さゆり

中途入社6年目。前職の保険営業で培った寄り添う姿勢を大切にしています。社長との対話から企業に眠る「まだ知られていない魅力」を丁寧にすくい上げ、求人票には載っていない「リアルな社風」や「トップの熱意」をどんどん引き出します。仕事探しに役立つ記事をお届けし、皆さんの最高の出会いを全力で応援します!

営業

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