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井上 勝広 氏
有限会社しゃぼん玉
代表取締役社長
いのうえ・かつひろ/アパレル業界を経て、一度は辞退した組織へ先代からの直電を機に再スタート。トップダウン体制から若手が自ら決断する「任せる組織」へと変革を牽引。何事も「経験してマイナスになることは一つもない」と語り、指示待ちよりも能動的な“お茶目さ”を愛する、愛と人情に溢れた経営者です。
「このままでいいのかな」と、日々の仕事の中で迷いが生じることは誰にでもあります。
しかし、真に強い組織を作るリーダーは、必ずしも最初から優等生のようなキャリアを歩んできたわけではありません。今回お話を伺ったのは、コアなファンに愛される「しゃぼん玉」の代表取締役であり、世界で活躍するパーツメーカー「アクティブ」の取締役である井上社長です。直感で職を転々とした波乱の20代、まさかの「出戻り」から社長にまで上り詰めた型破りな歩み。泥臭い経験のすべてを会社の強みに変えてきた井上さんのリアルな生存戦略から、今の私たちが自分らしく働くためのヒントを探ります。
かっこいいから飛び込んだ20代。寄り道は全部、武器になる
──幼少期から学生時代にかけては、どのようなお子さんだったのでしょうか。また、どのような経緯で社会人としてのキャリアをスタートされたのか教えてください。
井上 活発は活発でしたね、小学校の頃は友達と空き地に集まっては秘密基地を作ったり、ホームセンターのようなところでレンガやブロックを自分のお小遣いで買ってきては自転車に積んで山の中に運び、セメントでくっつけて『俺たちの場所だぞ』と勝手に塀を作ったりと、かなり行動的で外で遊んでばかりいる子供でした。高校時代に入ると今度は少しミーハーな遊びに夢中になりまして、ディスコに通ったり、その遊びの資金を稼ぐためにスーパーのレジ打ちからお肉屋さん、中華料理屋さん、家具屋さんの配達など、あらゆるアルバイトを経験して家にいる時間がほとんどないような生活を送っていましたね。専門学校に入ると今度はサーフィンとスキーに無我夢中になって、夏は海、冬は雪山と、とにかく自分が楽しいと思えることに全力で飛び込んでいくような日々でした。
新卒としての就職活動の時も、実は明確なキャリアプランややりたいことなんて何もなくて、たまたま見つけた求人の中から『なんとなく洋服とかかっこいいな』という直感だけでアパレル総合商社に入社したんです。でも、遊びたい盛りの若者にとって枠にはまった仕事は次第に物足りなくなってしまい、26歳くらいの時に知人の紹介でバイクパーツを扱う『アクティブ』へ入社することになりました。当時はまだ12〜13人ほどしかいない小さな会社で、そこから数年間は自分なりに優秀な営業として頭角を現したつもりだったんですが、30歳を迎える頃に『なんかこのままじゃ面白くない』と、またしてもふらっと会社を辞めてしまったんですよ。
──そこから全く別の業界へ転職されたそうですが、一見バラバラに見える経験は、今の社長ご自身にどのような影響を与えているとお考えですか。
井上 アクティブを辞めた後は、お掃除屋さんをやったり、パソコン関連の仕事をしたり、食品機械の営業をやったりと、本当に全く異なる業界を転々としました。食品機械の仕事では数千万円から億単位の工場のラインを作るような大きな案件も任せてもらい、やりがいを感じつつも、どこかで若さゆえの組織への不満も抱えていた時期でしたね。でも、私の人生経験上、何でも経験して損なことなんて本当に一つもないと断言できます。どんな業界であっても、ちょっとかじっただけでも、その知識や経験、人との関わり方は心のどこかに必ず残っていて、今の自分の判断基準や引き出しになっていますから、若い人たちには色々なことに挑戦してマイナスになる経験なんて何一つないんだと伝えたいですね。
35歳の出戻り。運命を変えた一本の電話と「ゼロからの再出発」
──さまざまな仕事を経験された後、再びアクティブに戻られることになったきっかけは、どのようなものだったのでしょうか。
井上 実は退職した後も、会社の先輩や当時の上司から半年に一度くらいのペースで飲みに誘われては『早く戻ってこい』と声をかけられ続けていたんです。ただ、私の中には『一度辞めた会社には絶対に戻らない』という変な信念がありまして、ずっと頑なに断り続けていたんですが、35歳になる年末、実家で車を洗っていた時に1本の電話が鳴りましてね。ディスプレイを見たら創業者の社長(現・会長)からで、『いつまでブラブラしとんか。俺が頭下げたら、お前戻ってくるんか』と真っ直ぐに言われたんです。そこまでして自分を必要としてくれる会社があるのかと、心が動かされ、年明けに『戻る以上は、ここで一生骨を埋める覚悟でやります』とお返事をしました。
──一度辞めた会社に戻るにあたって、ご自身の中でどのような覚悟や、社内への見え方に対する葛藤があったのでしょうか。
井上 会社側は気を遣って『主任』としてのポジションを用意して待っていてくれたんですが、私はそれを正面からお断りしたんです。一度辞めてフラフラしていた人間がいきなり役職付きで戻ってきたら、現場でずっと頑張ってきた周りの人間がどう思うか、そんなの絶対にダメだと分かっていましたから。だから当時の社長に『商品管理からやらせてください』と直訴して、商品の入出荷や倉庫の荷受けといった一番の現場作業から泥臭くやり直させてもらったんです。体の動かし方や仕事の感覚を忘れている部分もありましたし、何より人の目というものがありますから、一からきちんと積み上げ直して現場の信頼を勝ち取らなければならないと必死でしたね。その後はあっという間に営業に引き上げられ、気づけば30代後半で取締役になっていたんですが、役員になりたかったわけでもトップに立ちたかったわけでもなく、ただ目の前のことに全力で向き合ってきた結果だと思っています。
「バイク愛」はいらない。看板を守る覚悟と、地獄からの組織改革
──2020年にしゃぼん玉の3代目社長に就任された際、「最初の3年は地獄だった」とおっしゃっていましたが、当時の社内はどのような状況だったのでしょうか。
井上 当時の会社は、創業期からの強烈なトップダウン気質が色濃く残っていて、本当の意味での組織の連携や確率がうまくできていなかったのが事実なんですよ。組織図の上では課長や係長といった役職があっても、実態としての権限委譲が全く進んでおらず、社内メールすら満足に運用されていない時代でしたから、すべての決済、すべての相談事、すべてのクレーム対応が、社長である私のデスクの前に並ぶ社員たちの列となって現れたんです。私自身、アクティブの専務としての激務をこなしながら、しゃぼん玉の企画から設計、製造、商品管理、仕入れまで一通り全部が見えていないと判断のしようがない案件が次々と持ち込まれ、すべてを一人で抱え込まなければならない状況は本当にしんどかったですね。
──若い頃からバイクが好きだった井上社長ですが、経営者という立場になられてから、バイクに対する向き合い方や愛情に変化はありましたか。
井上 正直に言ってしまうと、今はもう若い頃に持っていたような純粋な『バイク愛』というものはあまりないんですよね。というのも、私たちが扱っているのはオリジナルのパーツであり、一歩間違えれば人の命を奪ってしまう危険な乗り物の部品ですから、製品に何か不具合があれば、今の時代は隠すことなくすぐにリコールを判断して対応しなければなりません。会社を任せられた以上、会社の看板やブランドを傷つけるようなことは絶対にしてはならないし、継続して発展させていく重い責任があるわけで、単純な『好き』という感情よりも、リスクと向き合う嫌な感覚や、ビジネスの責任としての重圧の方がはるかに強くなっていますね。
──そのような重圧の中で、組織をどのように変革し、またどのような瞬間にやりがいや誇りを感じていらっしゃるのでしょうか。
井上 この3年ほどをかけて徹底的に組織改革を行い、自分に集中していた決済権を今の部長陣へ委譲し、社員たちが自ら考えて判断し、自分たちの責任で決済ができるボトムアップ型の組織へと時間をかけて育ててきました。誇りを感じる瞬間といえば、先日メーカーとの商談で明石を訪れた際、ふらりと入った飲食店のカウンターで地元の若いバイクファンと相席になりましてね。何気なく『アクティブって会社、知ってる?』と尋ねたら、『めちゃくちゃ良いパーツ作ってますよ!僕も使ってます!』と目を輝かせてくれて、さらに『しゃぼん玉も大好きで、行ったことあります!』と、私が両社の社長だとは夢にも思っていない若者から純粋な賛辞を受け取ったんです。あの時は本当に嬉しかったですし、私たちが泥臭く守ってきた会社の看板や製品が、こうしてしっかりとお客さんに届いているんだと実感できた最高の時間でしたね。
求めるのは能動的な“横着者”。枠からはみ出す勇気を持ってほしい。
──アクティブやしゃぼん玉では、どのような人材と一緒に働きたいとお考えですか。採用において重視しているポイントを教えてください。
井上 私は、指示されたことだけを淡々とこなして『はい、終わりました』という受け身の姿勢で仕事をする人間が一番苦手なんですよ。それよりも、誰もそんな指示を出していないのに、自分で考えて『こっちの方が効率的だ』と良かれと思って勝手に動いて、後で『お前、何勝手なことやってんだ!』って怒られるくらいの人の方が人間味があって愛おしいですし、私自身の言葉で言うなら、少し『横着(おうちゃく)な人』、つまり能動的に動ける人間を求めているんです。実際に今年の春に入社したばかりの大卒の新入社員から、上司を飛び越えて私に直接『相談させてください』と個人メールが届いたことがあったんですが、普通は上の人にビビってそんなことできないのに、枠にはまらない前向きな姿勢が面白いじゃないですか。
──最後に、「今のままでいいのかな」と悩みながらこの記事を読んでいる求職者の方々へ、井上社長からメッセージをお願いします。
井上 どんな人であっても、今の職場でモヤモヤしているなら、これまでに経験してきた一見無駄に見えるような仕事や寄り道も、全てこれからの自分を形作る大切な武器になると信じてほしいですね。言われたことだけをやる型にはまった優等生になる必要なんて全くありませんから、自分で考えて、自ら動いて、時には失敗して怒られるくらいの『能動的な横着者』としての第一歩を、ぜひ私たちの会社で一緒に踏み出してもらえたら嬉しいです。

失敗したらどうしようと足踏みする前に、まずは自分の心が動く方向へフルスイングして、がむしゃらに行動してみることが大切なのかもしれません。井上社長が語るエピソードの数々は、時に泥臭く、時に不器用なものかもしれませんが、自身の寄り道や痛い失敗を隠すことなく笑い飛ばし、「経験してマイナスになることなんて一つもない」と言い切るその姿には、どんな立派なビジネス書にも書かれていない圧倒的な体温と説得力がありました。言われたことだけをそつなくこなすお利口さんよりも、勝手に動いて怒られるくらいのお茶目さを全力で愛し、評価してくれる度量がここにはあります。酸いも甘いも噛み分けた、そんなトップがいるこの会社なら、きっとあなたの不器用な挑戦すらも面白がって正面から受け止めてくれるはずです。働く意味や自分のキャリアに迷ったとき、完璧な正解を探すのではなく、まずは目の前のことに全力でぶつかってみる勇気を、この愛知の地で熱く走り続ける大人が教えてくれているように感じました。
この記事を書いた人
河本さゆり
中途入社6年目。前職の保険営業で培った寄り添う姿勢を大切にしています。社長との対話から企業に眠る「まだ知られていない魅力」を丁寧にすくい上げ、求人票には載っていない「リアルな社風」や「トップの熱意」をどんどん引き出します。仕事探しに役立つ記事をお届けし、皆さんの最高の出会いを全力で応援します!
営業
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