「お金主義で働くのではない。まず純粋に人のことを思い、突き詰める」現場一筋で会社を引っ張ってきた社長の葛藤

「お金主義で働くのではない。まず純粋に人のことを思い、突き詰める」現場一筋で会社を引っ張ってきた社長の葛藤

木全 孝友 氏

木全 孝友 氏

株式会社インターライズ

代表取締役

(きまた・こうすけ)/ 新卒で入った大手不動産管理会社で、自ら希望して工事部へ異動。スマートな営業職よりも、現場の臨場感に惹かれた。 先輩の紹介で内装屋の修行に入り、職人としての下積みを経験。33歳で独立。「法人じゃないと付き合えない」という顧客からの要請を受け、2010年に「株式会社インターライズ」を設立。

創業期の「1日8件の現場を回り、夜中1時まで寝る間もなくがむしゃらに働いた」という怒涛の日々から、社員10名ほどの規模になった今抱える経営者としてのリアルな葛藤、そして新しい市場を見据える、これからの挑戦までをお伺いしました。

 

 

スマートな営業よりも、自分の手で空間を作る「手触り感」に惹かれて

 

――木全さんがどういう経緯でこの仕事を始められて、どんな思いで会社を引っ張ってこられたのか、今回そのあたりを深く伺えればと思っています。

 

木全 僕のキャリアのスタートは、新卒で入った大手不動産管理会社だったんですよ。当時は、新卒の研修期間が1ヶ月くらいあって、営業とかいろんな部署を経験するんですけど、その中に工事部での研修みたいなものがあったんです。そのときに、スマートにスーツを着て営業するよりも、自分の手で空間を変えていく現場の仕事がめちゃくちゃ面白くて。「そのまま工事部にさせてください」って、社長に直談判したんですよね。

 

――新卒の段階で、自ら希望して工事部へ志願されたんですね。営業よりも現場の仕事に惹かれた、その具体的な理由は何かあったんですか?

 

木全 単純に、営業が嫌だったわけじゃなくて、どうしても工事がやりたかったんです。先輩たちの工事を見ながら「これ面白いな」と。その管理会社には3年ほどお世話になって、賃貸管理物件の原状回復工事やリノベーションの基礎を学ばせてもらいました。その後、そこで面倒を見てくれていた先輩が「独立して一緒にやろう」と声をかけてくれたのが、本格的な職人修行の始まりですね。

 

――そこから本格的な内装職人としての修行がスタートしたわけですね。

 

木全 そうです。先輩の親戚がやられている内装屋さんに入って、がむしゃらに技術を叩き込まれました。ただ、ずっと甘えているわけにもいかなくて、その先輩からも「いつまでもここにいるな、早く一人前になって独立しろ」という空気を出されていましたね。結局、日給1万円くらいで外注の職人として現場を回る下積み時代を5年ほど経験しました。あの頃の経験が、今の僕のベースを作っていると思います。

 

1日8件を駆け回り、夜中1時まで携帯を離せなかった創業期

 

――その後、33歳のときに独立されて、2010年に「株式会社インターライズ」を設立されていますが、法人化したのには何かきっかけがあったのでしょうか?

 

木全 実は、最初は個人事業主としてやっていくつもりだったんです。でも、個人時代からお付き合いのあった大手のお客さんで、担当者だった方がどんどん出世して社長になられたタイミングで、「木全さんのところでうちの仕事を一手に引き受けてくれ」と頼まれまして。ただ、向こうは大きな会社ですから「個人事業主とは直接取引の契約が結べない。付き合うなら法人化してくれ」というルールがあったんです。せっかくの大きなチャンスだし、今までやってこなかった資格取得や、より難しい手続きにも挑戦するいい機会だと思って、思い切って法人化に踏み切りました。

 

――会社を立ち上げて最初の数年は、やはり相当なハードワークだったのではないでしょうか。

 

木全 本当に、最初の3〜4年はめちゃくちゃ大変でしたね。僕ともう1人、それからすぐに入ってきた20歳そこそこの若い子の、実質3人だけで現場を回していましたから。当時は、移動中に携帯の画面で届く依頼メールを確認して、その場でスピーカー通話でお客さんにアポを取って、そのまま現場に急行する……みたいなことを毎日繰り返していました。

 

――1日でどれくらいの現場を回られていたんですか?

 

木全 ありがたいことに1日に8件も現場を回る日があって、見に行くだけの現場もあれば、その場で急いで修繕しなきゃいけない現場もあって、本当に大変でしたね。寝る間もなく夜中の1時とかまで作業することもしょっちゅうでした。今振り返っても、あのがむしゃらな時期があったからこそ、どんな現場でも動じない自信がついたんだと思います。

 

「目標を必ず達成する」というプロとしての執念、今の“ぬるさ”へのリアルな葛藤

――創業期を乗り越えて、現在は社員が約10名の規模まで成長されましたが、組織が大きくなった今だからこそ感じる経営者としての難しさや葛藤はありますか?

木全 そうですね、本当に正直に言うと、今のうちの組織は少し「ぬるい」と感じている部分があります。働き方改革だとか時代の流れもあるから、もちろん昔の僕みたいな無茶な働き方をそのまま押し付けるつもりはありません。会社もそれに対応して変わっていかなきゃいけないんだけど、でも、ぬるくなりすぎて「目標を必ず達成する」という、プロとしての執念や数字に対するこだわりが薄れてしまうのは、絶対に違うと思うんです。

 

――数字に対する気持ちが弱すぎる、という部分ですね。

 

木全 そうです。営業にしても現場管理にしても、自分で立てた目標を「まぁ、これくらいでいいか」と妥協してしまうのはプロじゃない。そこを締めるところはしっかり締めないと、会社としてのしっかりしたベースが固まらないですし、次の新しい展開、例えば新しい拠点を作るとか、そういった次のステップに挑戦することもできないんです。だから最近はメンバーにも、「何がおかしいのか、どうすれば効率を上げて生産性を高められるのか、自分でちゃんと考えて動こう」と、少し厳しく伝えるようにしています。

 

お金の先にある「ありがとう」を追うことが、結果として自分に返ってくる

 

――木全社長が会社経営、そして「仕事」そのものにおいて、最も大切にしている理念や価値観について教えてください。

 

木全 僕が一番大切にしているのは、シンプルですけど「私たちが提供した空間に対して、お客さまに心から満足していただくこと」です。現場に入って、綺麗に仕上げて、最後に「ありがとう」と言ってもらえる。その瞬間をどれだけ本気で目指せるかだと思っています。

 

――仕事をする上で、お金よりも大切にすべきものがある、と。

 

木全 今の世の中、どうしてもみんな「お金が一番大事」になりがちじゃないですか。でも、僕は絶対にそこじゃないと思っているんです。お金主義で働くのではなく、まずは純粋に、目の前の「人のため」に何ができるかを思い、突き詰める。その利他の心を突き詰めて良い仕事をすれば、結果として、お金も信頼も、全部最後の最後には自分に対して返ってくる。この本質的な循環を、うちの若い社員たちにも、仕事を通じて肌で感じてほしいんです。

 

関東進出、外部の風、そして海外進出へ。48歳になっても薄れないハングリー精神

 

――木全社長は現在48歳になられますが、現状維持で満足される様子がまったくありませんね。今後の展望として、どのような挑戦を描いているのでしょうか?

木全 やりたいことは、まだまだたくさんあります。まずは2店舗目の拠点として、関東への進出ですね。今すでにお付き合いのあるお客さんが関東方面にビジネスを展開されているので、そこに合わせてうちも関東で勝負したいなと考えています。静岡や浜松の仕事も多いので、そのルートをしっかり固めつつ、新しい市場で面白いことができるんじゃないかと。新拠点で挑戦したいと言ってくれる面白い若手もいるので、そこは楽しみですね。

 

――新拠点設立ともなると、採用や組織作りも見直しが必要になりそうです。海外への関心も昔からお持ちだったとお聞きしました。

 

木全 そうなんですよ、海外、特にアジアでの事業展開もふんわりと考えています。アジアには、まさにこれからどんどん経済が発展していく途中の国が多くあります。もちろんまだ未整備な部分も多いですが、裏を返せば「まだ未開拓な余地」がたくさん残されているということ。これからアジア各国で確実に富裕層が増えていきます。そうなった時に、私たちが日本で培ってきた「細部までこだわった高級な内装仕上げ」や「丁寧なリフォーム事業」の需要は、絶対に高まってくるはずです。実際に現地へ行ってリサーチして、誰もやっていない場所に自分たちの手で新しい価値を作りにいきたいですね。そういうハングリー精神を、私はいくつになっても忘れたくないんです。

 

 

「スマートな営業職」から、あえて「手触り感のある工事現場」へと志願し、30代で独立、そして48歳の今もなお、未知の市場を見据えてハングリーに挑戦を続ける木全社長。会社の規模が大きくなった現在、自ら先頭に立って現場をリードしようとするその姿には、「お金主義で働くのではない。誰かのために本気で突き詰めれば、結果は必ず返ってくる」という信念を垣間見させていただきました。

この記事を書いた人

宗宮彰良

宗宮彰良

ツムログ副編集長。2012年に新卒でアクセスに入社し中小企業の社長のお悩みを500社以上サポート。採用の枠を超えたお悩み解決をモットーに月間50件の商談をさせていただいています。想いが強ければ採用はうまくいく。一緒に想いをかなえましょう。

営業

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