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丹羽 和独氏
進和精密株式会社
代表取締役社長
(にわ・かずひと)/大学卒業後、機械専門商社での営業を経て、父(現会長)が1978年に創業した進和精密株式会社 へ入社。知識ゼロの未経験から技術と経営を学び、約20年前に二代目社長に就任。リーマン・ショックやコロナ禍など度
重なる危機を、徹底した思考力と人財育成、内部留保の強化で乗り越えてきた。現在は「社員の給料を守り、チームで結果を出す」ことを最前線に掲げ、現場の自由度を尊重しながら顧客との確かな信頼関係を築いている。
丹羽社長は、一見すると「成果さえ出していれば、仕事中の息抜きも推し活も個人の自由」と笑顔で語る、非常に寛容でフランクな経営者です。しかし、その言葉の裏側には、リーマン・ショックやコロナ禍といった度重なる経営危機、そして未経験から技術を叩き込んだ若き日の苦闘がありました。
創業者の父親は「現代の名工」。未経験で飛び込んだ職人の世界で待っていた試練
――進和精密さんがどのような事業をされているのか、創業の背景も含めて教えていただけますでしょうか。
丹羽社長(以下、丹羽):うちは1978年の創業で、今年で47年目、あと2年で50周年を迎える金型加工の会社です。メインで手がけているのは、自動車やプラスチック、ダイカスト金型などの放電加工と電極製作ですね。創業者である会長(父親)は、もともと三菱電機で放電加工機の技術開発や電源開発をやっていた人間なんですよ。技術の草分け的な存在として「現代の名工」も授与されていて、皇居での授賞式に出席した経験もある、まさに職人叩き上げの人間なんです。
――まさに技術のプロフェッショナルですね!丹羽社長ご自身も、やはり昔から「将来は家業を継ぐぞ」というお考えだったのでしょうか。
丹羽:全然継ぐ気なんてなかったですよ(笑)。大学時代は心理学や経済学が好きで文系に進んで、卒業後は飛行機が好きだったのもあって関連会社を受けようとしたり遊んでばかりいましたからね。ところが親戚や父親から「後継者がいないから戻ってこい」と言われまして、修業として機械を売る商社に入社したんです。技術センターに配属されるかと思いきや営業マンになりまして、そこで3年間営業をやった後にうちの会社に入りました。
――文系から営業を経て、いきなり製造の現場に入られたとなると、最初は相当苦労されたのではないでしょうか。
丹羽:そりゃあもう、まったくの未経験ですから機械も使えませんし、数学が大の苦手でしたから大変でした。当時はまだCADやCAMなんて便利なものはない時代でしたから、三角関数を自分で計算し直すところから勉強しましたね。しかも昔の職人世界ですから、誰も親切に教えてくれないわけです。現場で試行錯誤しながら自分で考えてやるしかないんですが、メーカーの指示通りにやってもうまくいかなくて、相談できる人もいなくて病むくらい真剣に悩みました。でも、ずっと考え続けて自分の中で気づいたことって絶対忘れないですし、絶対に次に活きるんですよ。
「最初からできるやつなんていない」即戦力を求めない、じっくり3年育てる文化
――自分で考え抜いて壁を乗り越えてこられたのですね。だからこそ、今のご自身の教育方針にもつながっている部分があるのでしょうか。
丹羽:まさにそうですね。自分自身が未経験で苦労して覚えてきた経験があるからこそ、「最初はできなくて当たり前」だと思っています。うちの社員は現在10名ほどですが、実は9割が文系やベトナム人留学生を含めた未経験からのスタートなんです。世間ではやたらと「即戦力」なんて言葉が使われますけど、うちの業界で半年やそこらで一人前になんてなれるわけがありませんし、即戦力なんて最初から存在しないと思っているんですよ。
――未経験から育て上げるまでに、どれくらいの期間を見込んでいるのですか。
丹羽:最低でも3年はかかりますし、3年間はじっくり育てる前提でドンと構えています。前の会社で営業をやっていた時も「3年間はまともに芽が出ない」と言われていて、当時は理由が分からなかったのですが、今ならよく分かります。基礎もないのに焦って成果を求めてもごまかすだけになって、年数が経つほど本人が苦しくなるだけですからね。だから分からないことがあったら恥ずかしがらずに素直に聞くこと、そして逃げずにコツコツ続けることさえできれば、能力や技術はあとから絶対に追いついてくるんです。
成果を出していれば仕事中のスマホも推し活も自由。「大人の信頼関係」で作る心地よい職場
――現場の社員さんに対する接し方や、職場の雰囲気についてもぜひお伺いしたいです。進和精密さんは非常に自由度が高いとお聞きしました。
丹羽:うちはものすごく「ゆるい」と思いますよ(笑)。ライン作業ではないので「この納期までにこの品質で仕上げる」という約束さえ守って結果を出してくれれば、仕事の合間にスマホを見ていようが、趣味の映画の予定をチェックしていようが、私は一切文句を言いません。実際、うちには40代でアイドルの「推し活」に全力投球している社員もいますけど、個人のプライベートや人間性をガチガチの管理会社で縛る必要なんてどこにもないじゃないですか。
――厳しい職人世界というイメージとはまったく違って、一人ひとりの個性が尊重されているのですね。
丹羽:8時間ずっと緊張感を維持して画面に張り付いて仕事しろなんて、人間として無理な話ですよ。自分自身だって営業時代にサボったり、合間にカフェに行ったりしていましたし、人間ですから息抜きは絶対に必要なんです。メリハリをつけてやる時にしっかり集中して、会社に成果で返してくれればそれでいい。お互いに大人として信頼し合っているからこそ成立する「居心地の良さ」や「自由さ」は、うちの自慢できる体温かもしれませんね。
地獄を見たからこそ「社員の給料と生活を何より優先する」。
――社長に就任されてから約20年とお伺いしましたが、ここまでの経営は決して平坦な道ではなかったのではないですか。
丹羽:平坦どころか、地獄の連続でしたよ(笑)。2000年代のITバブル崩壊に始まり、リーマン・ショック、東日本大震災、そして近年のコロナ禍と自動車業界の混乱……だいたい5年おきにどん底の経営危機がやってくるわけです。リーマン・ショックの時はまだ専務でしたが、売上が3割以上も一気に落ち込んで、手持ちの資金がいつ尽きるかという恐怖の中で戦いました。
――そのような度重なる危機を、どのようにして乗り越えてこられたのでしょうか。
丹羽:先代からの古い体制や顧客に依存するやり方を一から自分で解体して、営業時代の脈を活かして新規開拓を行い、設備も人間も一新しました。そして何より、金融機関をアテにせず内部留保を徹底的に溜め込む経営に切り替えたんです。社員旅行などの不要な経費はカットしましたが、どんな危機が来ても社員の給料やボーナスだけは絶対に下げずに守り抜くと決めました。みんなが現場でチームとして頑張ってくれるからこそ会社が成り立っているわけですから、社員の給料と生活を守るのが経営者としての最大の使命だと思っています。
焦らなくていい、逃げずに続けた苦労は必ず自分の財産になる
――最後に、今「このままでいいのかな」と自分のキャリアや働き方に悩んでいる読者へメッセージをお願いできますでしょうか。
丹羽:今の若い子たちってすごく真面目だからこそ、うまく成果が出ないとパッと諦めたり悩んで病んでしまったりしやすいと思うんです。でもね、若いうちは何もできなくて当たり前なんですし、そこで苦しんだり壁にぶつかったりした経験って、30代・40代になった時に絶対に逃げない自分の財産や基盤になるんですよ。苦しい状況から逃げるのではなく、自分自身の成長から逃げずにちょっとずつ毎日1個ずつできることを増やしていけばいいんです。
――急いで結果を出そうと焦る必要はないのですね。
丹羽:無理に半年に一人前になろうなんて思わなくていいですし、会社も最初から完璧な即戦力なんて求めていません。世の中や技術がどれだけ進歩しても、結局ものづくりの根幹を支えるのは「人間の力」であり、職人が手作業で担保する確かな精度と信頼関係なんです。最初からドカンと成功しようとするのではなく、実直にコツコツと技術を積み重ねていく楽しさを、ぜひ知ってほしいなと思いますね。

会社から求められる仕事のスピード感に追われ、自分のペースを見失いそうになるときもあります。そんな時、丹羽社長の「最初は全員できない。3年かけてじっくり育てる」という温かい言葉は、焦りやつまずきに揺れる私たちの心をそっと包み込んでくれます。完璧なスタートを切る必要なんてない。地道に逃げずに目の前の仕事と向き合い続けることが、自分だけの揺るぎない居場所を作っていくのだと、進和精密の職人たちの生き様が教えてくれた気がしました。
この記事を書いた人
小川藍
新卒2年目。大学での心理学の学びがきっかけで、「人の心を動かす」ことに興味を持ち、求人業界に飛び込む。「人と企業を結ぶ採用支援」に魅力を感じ日々営業活動中。「あなただから頼みたい」そう言っていただける営業を目指し、日々営業中。
営業
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